Report 8

 
「聞谷洋子インタビュー」
2011/11/23
interviewer / text by 吉野元春
photo by 聞谷洋子
 

 

ー 聞谷洋子インタビュー

インタビュアー(以下、「I」):美味しい紅茶ですね。

聞谷:ありがとうございます。私の父がいま、アフリカ諸国やインド、スリランカの紅茶を輸入/卸販売する会社をやっていて、ここではうちの紅茶と、あと、キリマンジャロの豆と南米諸国の豆のブレンドコーヒーをお出ししています。コーヒーは北千住のチェーンのコーヒー店で買ってきたものなんですけど。

I:ケーキは手作りですよね。

聞谷:そうです。ケーキの味は毎週変えていて、今週はホワイトチョコレートとマカダミアナッツのケーキです。実は私、東アフリカのタンザニアという国で生まれたのですが、その理由が、両親が昔勤めていた会社がマカデミアナッツの輸入業をやっていて、1980年代の終わりから、タンザニアにマカデミアナッツのプランテーション農場を作るという事業に関わっていたからなのです。両親は1987年からタンザニアのダルエスサラームという街に住みはじめて、1988年に私が生まれて、それから9年間はそこに住んでいました。
これがケーキのレシピです。(渡されたレシピの裏に写真がプリントされている)

I:この写真はFlickrに公開しているものですよね。

聞谷:ええ、あれは、非公開にしているわけではないのですが、会期が終わった後に改めてアーカイブとしてまとめようと思っています。現時点では、会場に置いてある名刺を見てアクセスした人がこっそり行き着くといいな、と。ちなみに、実はこのレシピを包んでいる紙、開くとこの会場である華膳の見取り図になっているんです。

I:これは見取り図だったんだ。かわいいですね。

聞谷:これは建築専攻の友人二人に作ってもらいました。この華膳、元々はお弁当屋さんだったそうです。経営者の女性が、いま私たちがいる部屋に住んでいた。ここはもとから生活空間として作られているんです。それが二年くらい前まで。その前は、この部屋は独立していて、真ん中に土間のある居酒屋をやっていたそうです。窓のつくりや水周りの位置に名残があるように見えます。ここと、正面から見えるガラス張りの部屋と、流しを置いている部屋の三つの部屋は別々の空間でしたが、大工さんが勘で壁に穴をあけてつなげたとお聞きしました。この部屋に入る扉も極端に小さくて、外から見ると中が広がっているようには見えないし、不思議なつくりですよね。

 

I:茶室みたいな感じですよね。

聞谷:そうそう、にじり口みたい。お茶とお菓子を出すならここかな、と思って。

I:写真とケーキの対比ということが皆さん気になるだろうと思うんです。

聞谷:写真は趣味で撮っていたのですが、今年の四月から夏まで、ある写真家のかたのワークショップに暗室で焼いたモノクロプリントの写真を毎週持って行く、ということをやっていました。その時期は週に三回暗室に通っていて、その頃、台所での作業と暗室での作業が似ているな、と思いはじめました。たとえば、いま着けているエプロンは暗室で使っているものですし、プリント作業は水周りの作業がとても多いので何度もスポンジを使います。トングのような道具で印画紙をはさんで、バットに入った現像液、停止液、定着液の順にくぐらせます。

カメラ/引き伸ばし機とオーブンの仕組みも似ています。カメラや引き伸ばし機はフィルム/印画紙に光を照射し、オーブンは生地に熱を加える。光の強さや熱の高さと時間の長さの組み合わせによって、できあがる写真やケーキの状態が変化する。現像することを「焼く」と言うし、シャッターを「切る」と言う、など、ことばも近いです。また、料理とちがって、配合を決めてから「焼き終わる」までは、調整がききません。そういう共通点への興味から、写真とケーキを一緒に扱ってみようと考えました。

 

I:僕も高校の頃に写真部で、暗室に親しんでいたので、分かる気がします。お菓子作りも、ずっと好きだったんですか?

聞谷:お菓子づくりは料理に比べるとかなり苦手だったのですが、夏〜秋にかけて、ケーキを毎日1〜2台焼いていました。そのころ「豊島区在住アトレウス家」という演劇公演に参加していて稽古が集中的にあったので、そこに毎日持って行っていました。お菓子って、食べてもらえる環境がないと練習できないので、良い機会なので修行しようと思って。暗室作業で数字を毎度記録する癖がついたので、その癖を利用して同じ行程、同じ型で、材料の配合や味の組み合わせ、下準備の仕方を少しずつ変えてレシピをつくる、というやりかたなので、凝ったものは全然作れないのですが、味のバリエーションをまずは100種類を目指しています。

暗室と台所の関係性が気になっていたのと、ここの会場をどう使うかということ。華膳に準備で通っていたときに各部屋の役割を考え、まずはここをケーキを食べてもらう場所として作ることから始めました。ケーキを出してレシピを持って帰ってもらう、という関係をどう作るか。設えも迷ったんですが、100円均一で買った雑貨などを駆使して、一息つける場所にしました。

 

I:僕にとって、今回のアートラインで華膳がいちばんの謎だったんです。アートという枠の中で、ケーキとお茶を出してくつろいでもらう、ということをやっている。

聞谷:今回の作品では、ケーキをツールとして考えています。レシピも、図面も、写真つきの名刺も、ここまで入ってきてくれたお客さんに、この場所を経験してもらうための装置だと。食事をすることで、写真を見ることで、何もせず漫然と過ごすよりこの場所のことが深く印象に残る。お店にはせず「家にお招きする」ことにこだわったのも、そのためです。ここでケーキを食べた人が、それぞれの家に帰ってから、レシピを見て、同じケーキを焼くかもしれない。写真を見返すかもしれないし、名刺からFlickrに辿り着くかもしれない。

さっきは共通点をお話しましたが、「では、写真とケーキは何が違うのか?」ということを問いたいと思っています。そしてそれは、いまここでではなくて、あらゆる「お土産」を持ち帰った方々が、すこし時間が経ってから、どうやってここで過ごした時間にアクセスするか、という所に糸口があるんじゃないかな、と。それがお客さんにとっていつどのタイミングかもわからないし、もしかするとその時は来ないかもしれないし、実際どうなっていくかはわからないんですけどね。

I:身近なもので作られた、ごくふつうのくつろげる空間でお茶とケーキを出す。ここで、ごく短い間ですけど、暮らしているんですよね。
自分の部屋のようにくつろげる空間でした。本日はありがとうございました。
 
執筆者

吉野元春
横浜市戸塚区在住。かつてトゥール・ポワティエ間の戦いが起こった10月10日に生を享ける。尊敬する人物は吉本隆明と古井由吉。

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